変動 2ややあって。二人はそこに到着した。 『森』と呼ぶには小さすぎる気もするが、木々が集っている空間。王都マイラからも離れ、周囲の街や村からも距離があるため、そこだけ取り残されたように聳え立つ場。 木々の間を縫って進むと、陽射しが遮られ、辺りに薄闇が訪れた。鬱蒼とした木々。小鳥たちの声。ヴィンスターレルは、『鎮守の森』に似ている、とそんなことをぼんやりと思った。 「ドーマ、着いたぞぇ」 「……ここが、か?」 ヴィンスターレルは周囲を見回して見たが、ただ木々や草や石があるだけで、それ以外は何もない。 ミストはその問いには答えず、無言で懐から何かを取り出すと、転がっている石の一つにそれをかざした。 途端。 ヴィンスターレルの立っていた地面が、なくなった。 「――うぉあ!?」 奇妙な声を上げつつ、慌てて体制を立て直したヴィンスターレルは、何とか下へと着地する。そこはつるつるとした灰色の石で出来た空間だった。広さはヴィンスターレルやミストの私室の半分くらいだろうか。右手には今いる場所の半分ほどの幅の、長い道が伸びている。 「おお、流石。上手く着地したのぅ」 声のしたほうを見上げると、ミストがニヤニヤ笑いながらこちらを覗いていた。高さはヴィンスターレルの身長の二倍くらいだろうか。そこは、彼自身が立っていた『地面』だった部分である。そこには四角く穴が開いており、その渕からミストは顔を出しているのだ。 「お前なぁ……」 ヴィンスターレルが抗議の声を上げるまもなく、ミストも渕から降りてきた。どうやら梯子のようなものがあるようだ。ミストはどうしてもヴィンスターレルを驚かせて遊びたいらしい。 ミストは梯子を伝ってヴィンスターレルの前に降り立つと、脇の壁に再び手をかざした。どうやら手に持っているのは、フローティア邸で使われているような水晶球のようだ。かすかな光とともに、音もなく『天井』が閉じる。それと同時に、壁全体が淡白く光りだした。 (……となると、これも『遺産』か) ヴィンスターレルはひとり納得すると、ミストに訊ねた。 「これ、もしかして国王の私室に繋がってるのか?」 「その通り」 「随分と、『エシャルリアーデ・ラサイン』ってのも信用があるんだな」 「まぁ、慣習じゃからの」 「これで、『エシャルリアーデ・ラサイン』が、誰にも姿を見られず、国王と謁見できる理由は分かった。連絡も……どうせ『遺産』絡みなんだろ?」 「これまたその通り」 ミストはヴィンスターレルの方を向いてニヤニヤ笑う。 (どうも、馬鹿にされてるみてぇで腹立つな……) またもや込み上げてくる不満を押し潰しながら、ヴィンスターレルは続けて聞いた。 「で? これ、まさか歩くんじゃねぇだろうな?」 「またまたその通り」 「……」 マイラの北門からすら大分離れたというのに、王宮の、さらに最深部にある王の私室まで、一体どのくらい歩くというのか。ヴィンスターレルが暗澹たる気分で居ると―― 「――というのは嘘じゃ」 あっさりと前言を撤回し、ミストは一本しかない通路の、右側の壁面に手を当てた。 その瞬間、何か遠くで音がした――気がした。 暫しの間を置き。 通路の奥から物凄い速さで巨大なものが近づいて来る。 通路一杯を塞ぐような、四角い物体。 「――お、おい!? 何だありゃ!?」 慌てるヴィンスターレルを尻目に、ミストは平然とした顔でそれを迎える。やがて巨大な物体は、通路の端――ヴィンスターレルたちの目の前まで音もなく近づくと、そのまま静止した。 (……!?) ヴィンスターレルには相変わらず、何がなにやら分からないままだ。 その巨大な箱状の物体は、壁などと同じ材質で出来ているように見える。上半分は硝子のような透明な素材で出来ており、中が透けて見えるようになっていた。そこから中を見ると、どうやら長椅子のようなものが、こちら側からみて左右両端にくっつくように備え付けられているようだ。 ミストはその物体の中央辺りに手をかざす。すると、かすかに空気の漏れるような音と共に、箱の中央が左右に開き、空間が出来た。どうやら扉のようである。 「さぁ、ドーマ、中へ」 「……あ、ああ」 ミストに促され、ヴィンスターレルは恐る恐る中へと足を踏み入れる。ミストは早々と、左端の席に腰を下ろすと、ヴィンスターレルに向かって尚も言った。 「ほら、突っ立ってないでお座り」 「……分かったよ」 いつものことながら何の説明もないのが不服なヴィンスターレルだったが、今までのミストとの付き合いから、早々と諦める方が得策と判断し、言われるままミストの向かいの席に腰を下ろした。並んだら十人くらいは腰掛けられるだろうか。石で出来ているためか、座り心地はあまり良くない。 「では、出発するぞ」 ミストは、自身が腰掛けている座席の、後の壁に埋め込まれて居る水晶球――恐らく『センサー』というものだろう――に手をかざした。ヴィンスターレルが後を振り向くと、彼の背後にも同じようなものがある。 『センサー』が淡く光を放ち――ゴトッと鈍い音がした。 「――うぉ!? 速ぇ!」 『箱』が動き出した途端、ヴィンスターレルは堪らず声を上げた。壁が目まぐるしい速さで後方へと流れ去っていく。馬など比にならない速さだ。その上、音も振動も、殆ど伝わってこない。 「これは何ていうんだ?」 ようやく平常心をとり戻したヴィンスターレルは、ミストに訊ねてみる。 「正式な名称は知らないけどねぇ……『カーゴ』って呼ばれていたようだよ」 その間も、『カーゴ』は動き続ける。時には直線を、時には曲線を辿りながら。 「さぁ、もう着く頃だ」 ミストがそういった途端、進行方向に空間が見えてきた。 そして、『カーゴ』は減速し、軽い振動を身体へと伝えてから、静かに止まる。 「着いたよ。降りよう、ドーマ」 「お、おう。しかし……『遺産』ってのは凄ぇもんだ」 感心しきっているヴィンスターレルが面白いのか、ミストはまたニヤリと笑うと、彼に背を向け、前方へと手をかざす。すると、乗った側とは反対側の壁面が、またかすかに空気の漏れるような音と共に左右に開いた。どちら側も開くような仕組みになっているらしい。 (まぁ確かに、そうじゃねぇと両側から乗れねぇよな) ヴィンスターレルはそう考えを巡らせると、ミストに続いて『カーゴ』を降りた。 そこは、来た場所と同じような空間になっており、壁には梯子が掛かっている。恐らく、ここから王の私室へと行けるのだろう。 (……成る程、いざとなったら国王だけ逃げおおせるって訳だ) 「ドーマ、早くおいで!」 もう既に梯子を昇りかけているミストの声が空間にこだまする。 ヴィンスターレルは思考を中断すると、後に続いた。
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