微睡みの大地 1「正確に言えば、『メモリーコード』、だけどね……って言っても分からないか」サリュートアが馬鹿にしたように言うが、確かに、ミストには理解できない言葉だった。フローティア邸の図書室にも、また、ミストが母から受け継いだ書物にも、ゲイシュから繋がる血族のことに関して、詳しいことは書かれていない。それは恐らく、本来なら、先ほどセイノールの二人が口にしたように、自分にも、ゲイシュを含めたフローティアの記憶が受け継がれるはずだったからなのだろう。ミストが口にしたことの根拠は、幼い頃に祖母から聞いた「テラ・パトリシュアを目覚めさせないためには、ゲイシュの末裔の血が必要なんだよ」という言葉のみ。 『力』だけではなく、情報量においても、圧倒的にサリュートアの方が上だ。それだけテラ・パトリシュアを蘇らせたくなかったのなら、それが世界の危機になるのなら、何故、フローティアの末裔にも、情報を残しておいてはくれなかったのだろうか。『先見の一族』と謳われたほど、予知能力に長けていたのなら、危機的状況を回避できる策くらい、用意できたのではないだろうか。それとも、定められた運命は変えられないと、匙を投げてしまったのだろうか。 ミストは、そのようなことを思い巡らせ、自分の祖先を恨んだ。しかし、勿論表情には出さない。それに、今さら祖先を恨んだところで、何か変わるわけでもない。 ならば、今、自分に出来ることをするしかない。 「わたくしから『メモリーコード』を採取して、どうするおつもりですか? テラ・パトリシュアを制御し、世界を掌握した気になって、喜ぶのですか? どちみち、その先のことなど考えてはいらっしゃらないのでしょう? ……子供ですね」 ミストは精一杯の皮肉を込めて、サリュートアに微笑みかける。さぞかし、自分は嫌な女に映っているだろう、と思いながら。相手の口振りからして、恐らく、リメイニの『メモリーコード』は回収済みだろう。 「ふふっ。僕に隙を作ろうと必死だね、お姉さん。僕たちは、世界を手に入れる。玩具にして遊ぶ。新しい世界を創り上げる……それだけで、充分じゃない? 逆に聞くけど、お姉さんは、この先の人生の設計を考えているの? あなたの考えている『人生』って何? 『青い狼』さんと結婚でもして、幸せな家庭を築くとか? それと、僕の考えている『その先』に、どの程度の差があるの?」 「差は大いにあります」 同じく皮肉たっぷりで返してきたサリュートアに、ミストは真っ直ぐに目を向ける。 「ふーん……まあいいや。でも、『青い狼』さんとは、結婚できないかもね。アストリアーデは強いよ。『青い狼』さんも強いとは思うけど、彼は、アストリアーデを殺せない。彼女を殺せば、あなたの居場所を聞き出せなくなる。でも、こちらは、彼を殺したところで、何も損はしない……今頃、もう殺されてるかもね」 「わたくしは、ヴィンを信じていますから」 ミストの言葉に、サリュートアは、さも可笑しそうに笑った。ミストも、自信たっぷりな笑みを浮かべる。確かに、ヴィンスターレルのことは心配だった。けれども、今ここで、動揺するわけには行かない。考えてみれば、根本的に分が悪すぎる勝負だ。目覚めようとしているテラ・パトリシュアを制御出来なければ、世界は滅びる。自分の『メモリーコード』を回収されれば、世界はセイノールの手中に。かといって、こちらがセイノールの『メモリーコード』を手に入れたことが出来たとしても、自分はテラ・パトリシュアの制御方法など知らない。そもそも、『メモリーコード』の仕組みすら知らない。 しかし、何とかするしかないのだ。それが、自分に課せられた使命だから。 挫けそうになる心を叱咤しながら、必死で、次の言葉を探す。 「貴方たちは、ご両親に愛されたかったのですね。でも、それは叶わなかった……そして、憎くて、でも愛されたくて、自分たちの手で、殺してしまった……可哀想に」 その言葉が放たれた途端。 サリュートアの表情が、明らかに変わった。 「――あいつらのことなんか、何とも思ってない! あいつらは、他族殲滅のことしか考えていなかった!」 (これに賭けるしかない) ミストは、ここぞとばかりに、畳み掛ける。 「でも、貴方は愛されたかった。褒められたかった。良くやったね、頑張ったね、いい子だね、と言われたかった……ほら、ご両親が褒めて下さいますよ。愛して下さいますよ。目の前にいらっしゃるでしょう? 抱きしめてもらいなさい……さぁ!」 「母さん……」 サリュートアの琥珀色の瞳が、揺れる。覚束ない足取りで、一歩一歩、こちらへと歩み寄ってくる。 (――掛かった!) 「もう頑張るのは疲れたでしょう? お母さまの胸の中で、ゆっくりお休みなさい……」 ミストは、優しい声音で語り掛ける。 セイノールの圧倒的な『力』を前にして、敵わないと思っていた。だが、これで、次の段階へと進める。これからも課題は山積みだが、何も進まないよりはいい。自分の全力を尽くすだけだ。 しかし。 リン、ゴーン。リン、ゴーン。リン、ゴーン。 突然、辺りに鐘の音が鳴り響き始めた。 まるで、教会で鳴らされるような鐘の音。 そして、無機質な音とともに、部屋の中央から、円形状の台座のようなものがゆっくりとせり上がってくる。そして、眩い光りがそこから天井へと伸びると、やがて、人の形を取り始めた。その姿は、陽炎のように揺らめいている。 純白のローブ。 頭には宝冠。 右脇には箱。 左手には長い木の枝。 《ミレニアム・プロジェクト始動。ベース・セクション正常起動。ファースト・セクション起動まで、あと30ターンです》 表情を持たない、女性の声が辺りに響いた。それに合わせて、壁に映っていた女性の口も動く。 そして。 「あははははははははっ!」 サリュートアが、けたたましい笑い声を上げた。 「――っ!? お母さまの胸の中で――」 「無駄だよ、お姉さん」 ミストは慌てて言葉を紡ぐが、もう遅かった。 まだ完全に術中に収まっていないうちに、外部からの刺激があったためと、ミストが突然の出来事に気を取られたため、サリュートアは正気に戻ってしまったのだ。 「面白かった! 面白かったよ! まさか僕が、力を失った『幻影師』に、ここまで追い込まれるとはね! ……でも、女神は僕側についていたようだ」 「まだです! 貴方はご両親に――」 「無駄だと言ってるでしょ? ――さぁ、今度は僕の番だ」 サリュートアの瞳が、妖しく光る。ミストの身体に、嫌な予感が走った。 「わたくしは、貴方の術には嵌りません」 「それはどうかな? ……お姉さんは、ずっとこのことが知りたかったんでしょ? 本当は、世界なんてどうでも良かった。自分の興味を満たすために、ここへ来たんだ。だから、教えてあげるよ」 ミストの中の嫌な予感は、どんどん強くなる。 「『ベゼルの惨劇』の、真相を」 「今ごろ、お姉さんは、サリュートアの腕の中だよ〜!」 「ふん。あんなガキの腕の中に黙って収まるほど、ミストは性格良くねぇぜ!」 ヴィンスターレルは、アストリアーデの太腿を狙い、剣を繰り出す。足を刺したところで、死にはしない。思いきり踏み込んだ。だが、それは既のところでかわされる。彼女の皮膚が薄く裂け、血が滲んだ。 「いった〜い! ちょっとお兄さん、また女の子の肌を傷つけたね! 許さないんだから!」 アストリアーデは、素早く態勢を立て直すと、跳躍した。 狙って来たのは目―― 「甘い!」 と見せかけ、本当の狙いは喉元だった。 ヴィンスターレルは、剣を素早く動かし、両方とも防御する。 金属同士が擦れ合い、耳障りな音を立てた。 「――ちっ」 だが、立て続けに第三弾が来た。それを、首を傾け、何とか避けるが、頬を切られる。 「最近ではな、イイ男の肌も傷つけちゃいけねぇんだぞ!」 「あたしも好みだから傷つけたくないんだけどね〜」 お互いに軽口を叩き合っているが、二人とも、大分息は上がっている。室内には、熱気が立ち込めていた。 ヴィンスターレルは焦っていた。 相手に浅い傷はつけられるものの、決定打がない。どちらかといえば、こちらの傷の方が深い。このまま続けば、先に体力を削られる。 しかし、ミストの居場所を聞き出さねばならない以上、腕や足などの急所ではない部分しか狙えない。アストリアーデはそれを見越して、器用に避けてくる。急所を狙うなら、手加減するしかないが、そんなことを許してくれるような相手ではない。 しかし、向こうは違う。こちらを殺す気で掛かってくる。 どう動くべきか。 「あ〜あ、もう、メンドくさくなっちゃった」 その迷いを破るように、アストリアーデが、気の抜けた声を出した。 だが、そこで隙を生むような彼女ではない。ナイフをくるくる回しているが、誘っているのだ。 「もう、お兄さんとも充分楽しめたから、いっか。殺しちゃうのはもったいないけど……奥の手出しちゃうね。うふふ」 彼女の猫のような瞳が、すう、と細められる。唇には獲物を捕らえたような笑み。 ヴィンスターレルの背中に、悪寒が走った。 「リースの孤児院でのこと、残念だったね。みんな焼け死んじゃって」 ドクン。 心臓が、跳ねた。 駄目だ。耳を傾けては駄目だ。 「あれはね、偶然火矢が飛んだんじゃないんだよ。戦災孤児なんていくらいたって、何の役にも立たないでしょ? みんなのお荷物、国の負担になるだけ。だから、ちょっと間引きしたの。合理的じゃない?」 ナンノヤクニモタタナイデショ。 ミンナノオニモツ、フタン。 ダカラ、マビキシタノ。 「――嘘をつくな!」 ヴィンスターレルは、思わず、叫んでいた。自分でも、声が震えているのが分かる。 「ウソじゃないよ。ねぇ、ひとりだけ生き残って、どんな気分だった? みんなが目の前で焼け死んで、それをただ見てるだけしか出来なかったんじゃない? 助けられなかった。あなたはみんなの屍を踏みつけて、生き延びたのよ。そう、あなたは見殺しにしたの。みんなを見殺しにした……あなたが、みんなを殺したのよ。ヴィンスターレル・サーバ」 アナタガ、ミンナヲコロシタノヨ。 ヴィンスターレル・サーバ。 ヴィン―― 『ヴィン!』 「セル……」 目の前には、ボサボサの黒髪の、ひょろりとした体格の少年。鳶色の目が、キラキラと輝いている。 懐かしさが込み上げた。 『どうした? そんな顔して』 「い、いや……なんでもない」 『あのさ、オレたち親友だよな』 「うん、もちろん!」 『――じゃあなんで』 パチッ。 何かがはぜる音とともに、セルの眼光が鋭くなる。 『なんで、オレたちをみごろしにしたんだ!』 「……え?」 セルの皮膚が、見る見る赤くなり、爛れて行く。 この臭いは―― そうだ、髪が、皮膚が、人間が焼ける臭い。 パチッ。 『なんで、オレたちをころしたんだぁぁぁぁぁぁ!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 気がつけば、周囲は辛うじて人間の形を留めている者たちに囲まれていた。手には、それぞれ煤けた木の棒を持っている。そして、皆、ヴィンスターレルを思い切り殴り始めた。 「や、やめてくれ……いてぇよ! やめてくれよ!」 『おまえもころしてやるぅぅぅぅぅぅぅ!』 『あたしたちをみごろしにしてぇぇぇぇぇ!』 『じぶんだけいきのびてぇぇぇぇぇぇ!』 『ゆるさないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 「やめ……やめてくれ! ――ぐふっ!」 「うふふ……」 子供のような声を出し、涙を流しながら懇願しているヴィンスターレルを見下ろしながら、アストリアーデは忍び笑いを漏らす。もう、ヴィンスターレルは、完全に術中にある。 『幻影術』は、単に幻を見せるだけのものではない。幻の中に入っている者にとっては、実体験となる。現に、ヴィンスターレルの身体には、次々と傷がついていっている。鎧なども関係ない。幻の中で、どのような格好をしているかが問題なのだ。恐らく、彼は孤児院にいたときのような、ボロボロの衣服を身に纏っているだろう。 「ふふ……あとは、お兄さんがじわじわなぶり殺しにされるのを見物してるだけ。これで、お兄さんはあたしのモノになる。あたしだけのモノ……」 そう呟きながら、苦しんでいるヴィンスターレルの頬を、愛おしそうに撫でるアストリアーデの瞳には、昏い光が灯っていた。 「わたくしは、あの事件の真相などどうでも良いのです。もう、わたくしには関わりのないこと」 「嘘だね」 ミストが冷たく言い放っても、サリュートアは自信たっぷりで言い切る。 「今までだって、『あの事件の真相が知りたい』って態度が見え見えだったじゃない……僕が気づかないとでも思ってた?」 そう。 彼の、言うとおりだった。 メイドスへ行くことを決意したときも、自分の関心は、そのことばかりに行っていた。勿論、世界の危機が気にならなかった訳ではない。ただ、それは全て、自身の推測にすぎず、確信は持てなかった――いや、例え確証が得られたとしても、話があまりにも大きすぎて、実感は湧かなかったかもしれない。 思い出すのは、父と母の顔。 ――こんなことでは、いけない。 そう思いつつも、自分の意思とは関係なしに、心は揺れ動く。 「百年前から、その、他族殲滅計画は動き出した……つまり、セイノール以外の一族は、必要ない、ということ。僕も、戦闘要員として育てられたよ」 「貴方はさぞかし――」 「無駄だと何度言っても分からないのかな? もう僕はあなたには、隙など見せないよ」 サリュートアが冷ややかに微笑んでいる。 そんなことは分かっていた。しかし、諦めるわけには行かないのだ。例え、勝ち目などなかったとしても。 「リメイニを探すのは、少し骨が折れたね。彼らは、特にどこにも属さず、隠遁生活を送っていたから。でも、見つけてからは簡単だったよ。力の『封印』をするのが早かったリメイニは、僕たち――と言っても、前のセイノールの記憶だけどね、とにかく、僕たちの敵じゃなかった。僕たちは、あっさりとリメイニの一族を滅ぼし、『メモリーコード』を手に入れた」 何と口を挟んだら良いのか分からない。何とか、もう一度相手に隙を作らせることは出来ないだろうか。 焦るミストの思考は、空回りする。 「次はいよいよ、フローティアのお話だね」 ぞくり。 その言葉を聞き、ミストの背中に、冷たい汗が伝う。 真相を知りたかった。けれども、聞きたくない。聞いてしまえば、恐らく自分は平静を保てなくなる―― どんどんと弱気になっていく自分を、何とか鼓舞しながら、せめて表面上だけでもと、穏やかな顔を作ってみせる。 「フローティアは、別に後回しでも良かった。もう、僕たちの手中にあるようなものだったからね。それに、『メモリーコード』を揃えたところで、『ミレニアム・プロジェクト』が始動する時にならないと、結局は意味がない。時間はたっぷりとあった。だから……『実験』をしたんだよ」 ミストは、何も言葉を発せなかった。ただ、懇願するような思いでいた。 お願いだから、その先を、言わないで欲しい。 だが。 「今では『旧時代』と呼ばれている時代、科学者たちによって、様々な実験が行われた。その頃の色々なデータも、この『テラ・パトリシュア』に残されている。実行していないものも含めてね。ゲイシュの正当な末裔であれば、『ミレニアム・プロジェクト』以外のプログラムは制御でき、データにもアクセスできる。だから、実験してみることにしたのさ……人工的なウィルスを撒き、人間を生ける屍――殺戮兵器に変える実験を」 あの頃の思い出が、頭の中を駆け巡る。 ちょっと頼りなかったが、優しかった父。 毅然として美しく、穏やかだった母。 笑顔を絶やさなかった、フローティアの一族。 親切にしてくれた、村の人々。 ああ、このままでは零れてしまう。 「ウィルスは、フローティアには被害を及ぼさないようにプログラムした。だから、ただの人間だけが、感染した……ふふっ。それにしても馬鹿だよね。フローティアも。逃げるチャンスなんて幾らでもあったのに、平民とともに心中するなんてさ。あはは、本当に馬鹿だよ。あなたの両親は、ただの偽善者だ」 「――違う!」 ミストは、思わず声を上げていた。目からは、とめどなく涙が溢れる。 違う。 違う。 父も母も、本心から、村人たちを助けたかったのだ。そして、フローティアを『異形のもの』にしたくないと、『普通』の暮らしがしたいと、心底そう思っていたのだ。 「そして、あなただけ逃げた。偽善者の両親よりも、もっと性質が悪いかもね」 そう。 自分だけ、生き延びたのだ。 沢山の人々を、犠牲にして。 「お父さんと、お母さんと、また暮らしたいよね。あの頃の幸せな生活に戻りたいよね。ほら、二人が迎えに来たよ。二人と一緒に、安らかに眠りなさい――ミスト・フローティア」 「ああ……」 涙で景色が滲んでいる。 あれは、父と母だろうか。 そして、ミストの目の前が真っ白になった。 『死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇぇぇぇ!』 『ヴィンもいっしょに死ぬのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 『ヴィン!』 「やめ……みん……な……」 痛みはとうに麻痺してしまった。 ヴィンスターレルの意識が、どんどん遠ざかっていく。 ああ、自分も死ぬのだ。 でも、それで良いのかもしれない。 本当は、あの時、自分も死んでいたはずなのだから。 『時は来た』 唐突に。 頭の中で声がした。 「だ……れ……?」 『そなたはここで、死んではならない。この大陸を、救わねばならない』 「すく……う……?」 『そうだ』 「そんな……こと……」 そんなこと、どうでも良かった。どちみち、自分は死ぬのだから。 『ならば……ミスト・フローティアを救わなくて良いのか?』 ミスト・フローティア。 誰だろう。どこかで聞いた名前だ。 『それならば、姿を見せてやろう』 目の前に、ひとりの女性の姿が現れる。 流れるような金の髪。 笑顔。 そして、碧い瞳。 「ミスト……」 そうだ。 自分はミストを救わなければならない。 『ただ……相当に辛いぞ』 「――そんなの」 辛くたって構うものか。 このままでは終わらせられない。 『では、力の《封印》を解く。意識を集中しろ』 今の状態で、意識を集中するのは、酷く難しかったが、それでも、ヴィンスターレルは己の内部に向かって、神経を研ぎ澄ませる。 『《時は来た》』 「時は、来た」 『《我の血に眠りし力、今こそ解放されよ》』 「我の血に眠りし力……今こそ解放されよ!」 その瞬間。 『すまない。不甲斐ない父さんたちを許してくれ』 『本当は、こんなことしたくなかった……名前もつけてあげられなかったね。でも、どうか強く生きて。母さんたちは、あなたのこと、ずっとずっと愛してるわ……どうか、この力を使わないで、幸せに生きていけることを祈っています』 記憶が。 『セイノールは、《ミレニアム・プロジェクト》を、一族のみで制御する気でいます』 『ふむ。それは困りましたな……ではやはり、私たちは、手を組んだ方が良いのでは?』 『いえ……それはしない方が良いかもしれません』 『しかし、私たちが組めば、セイノールの力を阻止できる』 『私は、《見えた》ものを伝えることしか出来ません……今《見える》のは、ただひとつの未来』 『では……運命には逆らえないと?』 『いいえ。運命は、自分の力で切り拓くことが出来ます……でも、この方法では、多くの犠牲者を生んでしまう……しかし、この方法が最良なのだと思います。だからこれが《見える》。子供たちに託しましょう。あなた方は、私の言う方法を実行して下さい』 『承知しました』 『私は、縁を作るように、布石しておきましょう』 記憶が。 『やったぞ! 成功だ!』 『これは金になる』 『どこの国も、こぞってこれを買うだろうな』 『金なんて興味ないさ。俺たちは歴史を変えたんだ!』 記憶が。 濁流のように、暴風雨のように、荒れ狂う海のように、身体中を駆け巡る。 血が逆流し、沸騰してしまったのではないかと思うほどの感覚。 ヴィンスターレルは、全てを『思い出して』しまった。 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」 彼の絶叫が、周囲に響き渡る。 |