微睡みの大地 2ヴィンスターレルが気がついた時には、目の前に、血まみれのアストリアーデの姿があった。荒く、浅い呼吸を繰り返している。ヴィンスターレルの持っている剣も赤く濡れていたから、多分、これで斬ったのだろう。だが、その記憶はない。息が苦しい。心臓がバクバクいっている。激しい眩暈と頭痛、周囲も何重にも見え、視点が定まらない。絶え間なく襲ってくる吐き気。今にも、倒れそうだった。 しかし、何とか剣を杖にして立ち上がると、アストリアーデの元に、覚束ない足取りで近寄っていく。 「お父さん……?」 彼女は、虚ろな目でこちらを見ながら、呟いた。意識が混濁しているのだ。声に、ひゅうひゅうという音が混じっている。出血も酷い。もう、長くはない。 「お……父さん……」 彼女は、もう一度その言葉を呟く。目の端から、涙が一筋零れ落ち、小麦色の肌を濡らす。 「ああ……お父さんだ」 ヴィンスターレルは、そっとアストリアーデの手を取ると、搾り出すような声で言った。すると、アストリアーデは頬を引きつらせる。笑おうとしたらしい。 「あたし……ね、頑張ったんだよ……お父さん……から、言わ……れたこと、ちゃんと……守って、頑張ったよ……」 切れ切れに言う彼女の言葉に、ヴィンスターレルは頷くと、彼女の頭を撫でた。 「ああ、偉かったな……よく頑張った」 「お父さん……に、初め……て、褒めら……れた……嬉しい……ねえ……もう、どこにも……いかないで……ずっと、一緒に……いて」 「ああ、ずっと一緒にいる」 「本当……?」 「本当だ」 それを聞くと、アストリアーデは、嬉しそうな表情をし、また涙を流した。 「約束……だよ、ずっと……ずっと……一緒に……お……」 そこで、彼女の身体から力が抜けた。 ヴィンスターレルは、アストリアーデの亡骸を抱えると、部屋の奥へと向かう。『テラ・パトリシュア』へと繋がる、『カーゴ』の入り口。 自分は、この場所を、『覚えて』いる。 アストリアーデの懐から、水晶球を取り出すと、彼はそれを『センサー』にかざした。 それから暫くして、様子を見に来たマーズは、部屋の惨憺たる有様に驚き、そして、ひとつの血文字を見つけた。 『女神の眠る地へ』―― サリュートアは、ミストを白いベッドに横たえると、近くにあった機器から伸びるチューブを、彼女の腕に繋いだ。これで、血液の中の『メモリーコード』のみを採取することが出来る。時間はそんなに掛からない。 ミストの顔は蒼白く、まるで死んでいるかのように見える。しかし、彼女は微笑んでいた。 《ファースト・セクション正常起動。セカンド・セクション起動まで、あと30ターンです》 『テラ・パトリシュア』の無機質な声が、時を告げる。 『その先のことなど考えてはいらっしゃらないのでしょう?』 「……そうだよ。お姉さん」 ミストの顔を見ながら、サリュートアは寂しげに呟いた。 先のことなど、考えてはいない。 自分が何をしたいのかも、分からない。 けれども、自分には、こういう生き方しか出来なかった。こういう生き方しか、教わってこなかった。今さら、後戻りなど出来ない――そんなことを思う。 自分は、他族殲滅のための、戦闘要員。 ただの、戦闘人形。 人間として見てもらった覚えなど、一度もない。 でも、それでも良い気がした。元々、ゲイシュは科学者たちによって生み出された、兵器なのだから。兵器の末裔が、人間として生きることの方がどうかしているのだ。人間とともに、人間のふりをして、生きていくことなど、ただの欺瞞。 でも、それをしようとしたフローティアとリメイニが、少しだけ羨ましかった。 そして、憎かった。 人間全てが、憎かった。 アラームが鳴る。 変換機から、データチップを取り出すと、あとの二枚とともに、テラ・パトリシュアのホログラムが浮かんでいる下の、台座の部分にある溝に差し込んでいく。 すると、耳障りな警告音が鳴った。 《エラー。メモリーコードが不正です》 「……え?」 その時。 重い靴音が響いた。 ヴィンスターレルは、サリュートアの前までゆっくりと進むと、アストリアーデの遺体を、そっと床に置く。 「アストリアーデ……」 サリュートアは急いで駆け寄ってくると、妹を抱き起こす。 彼女の身体は、どんどんと冷たくなっていく。 たったひとりの妹だった。 ただひとり、分かり合える仲間だった。 いつも、一緒だった。 そして、視線はヴィンスターレルへと移る。 「あ、あなたが……」 サリュートアの声が、驚愕の色を帯びた。 ヴィンスターレルの背後には、黄金色の巨大な鷲。 「リメイニ……!? だって……」 「お前と同じだ」 「え……?」 「お前らが攫っていったのは、俺の双子の弟だ」 「でも……まさか、ウィルス……?」 「そうだ。ミストの祖先は、俺の祖先に、俺たちが生まれたら、どちらかに、メモリーコードにバグを引き起こすウィルスを混入させろ、とアドバイスした。そして、それには弟が選ばれた……ったく。つくづく嫌な役回りだぜ」 「でも、あなたには『ル・パ』が……」 「そこが勘違いの元だ。フローティアは、能力を減退させるため、『封印』を徐々に施していった。リメイニも、徐々に施していったのは同じだが、能力を復活させることを前提に、行われたんだ。そして、俺は生まれたてで、一気に『封印』された。『ル・パ』が具現しないほどに。自我が確立していない頃なら容易い」 「そんな……」 搾り出すように言う、サリュートアの声も身体も、小刻みに震えていた。 怖いのだ。 恐らく、生まれて初めて味わうほどの恐怖。 フローティアは『予知能力』に長け、セイノールは『技術』に秀でている。 そして、リメイニが誇っているのは、高い『戦闘能力』。 目覚めたリメイニに、戦いでは敵わない。 だが――『幻影術』なら互角。幸い、ヴィンスターレルは満身創痍。 しかし、自身も恐怖のため、精神が安定しない。 それでも。 「……あなたの大切な人は、今、僕の術の中にある。殺すのも簡単だよ」 「やれるものならやってみろ。それより先に、俺がお前を殺す」 平静を装って、言ったサリュートアの言葉に返ってきたのは、圧倒的な威圧感。 《セカンド・セクション正常起動。サード・セクション起動まで、あと30ターンです》 そこに被さる、『テラ・パトリシュア』の声。 「……時間がねぇ。最後の問いだ。『テラ・パトリシュア』を眠らせる気はねぇか?」 「さぁ、ミスト・フローティア! 自ら命を――」 その言葉を言い終わるよりも早く、ヴィンスターレルの剣が、サリュートアの胸を貫く。 「ぼ……僕は、このために、生きて……生かされてきたんだ……もう、今さら後には戻れない……ねぇ、一緒に……新しい世界を創ろうよ……僕たちの……世界……を、お……ぐふっ……」 ヴィンスターレルが剣を抜くと、サリュートアは、胸から鮮血を噴出しながら、床にゆっくりと崩れ落ちた。 「畜生……!」 ヴィンスターレルの胸に、苦いものが走る。 本当は、もう誰も殺したくなかった。 しかし、『幻影術』を使っていたら間に合わなかっただろう。 ミストを、死なせるわけには行かなかった。 《サード・セクション起動まで、あと20ターンです》 『テラ・パトリシュア』の声が、無慈悲に響く。のんびりしている間はない。フォース・セクションが起動してしまったら、終わりなのだ。 ヴィンスターレルは急いで、自らの『メモリーコード』を採取すると、データチップをスクリーンの下部に挿入し、『テラ・パトリシュア』のメインプログラムに呼びかける。 「『テラ・パトリシュア』、ユーザーエントリーだ」 幾らリメイニの能力に目覚めたからといって、ヴィンスターレル自身は、『テラ・パトリシュア』を使ったことがない。そのため、ユーザーエントリーが必要になる。 《メモリーコード受理。ユーザーエントリーを開始します。パスワードを入力して下さい》 一息ついてから、ヴィンスターレルは、パスワードを口にした。 「我、ゲイシュから連なる血族の者なり。『叡智』を示す宝冠、即ちフローティア、『技巧』を示す箱、即ちセイノール、『平定』を示す枝、即ちリメイニ。これを以ってテラ・パトリシュアとす」 《エラー。不正なパスワードです》 「――何だと!?」 試しに、もう一度やってみるが、結果は同じだった。 このパスワードが使えない、ということは、サリュートアたちが、パスワードを変えたことになる。パスワード変更は、ゲイシュの直系なら、自由に出来るようになっている。しかも、ユーザーエントリーしていないのだから、ヴィンスターレルがパスワードを変えることは出来ない。 (くそっ! ゲイシュの奴ら、つくづくいい加減なプログラムしやがって!) 止めるには、三つに分かれた全ての血族の『メモリーコード』が必要な『ミレニアム・プロジェクト』といい、ゲイシュの施したプログラムには、欠陥が多い。つまり、何とかしようとするのなら、本意不本意に拘らず、全ての血族の協力が必要なのだ。腹立たしいことこの上ないが、腹を立てたところでどうにかなるものでもない。 《サード・セクション正常起動。フォース・セクション起動まで、あと30ターンです》 時間がない。 このままでは、『ミレニアム・プロジェクト』が発動してしまう。 (どうする……? 何かヒントはないか……?) その後、色々なパスワードを手当たり次第に試してみるが、全て徒労に終わった。 《フォース・セクション起動まで、あと20ターンです》 (落ち着け……考えろ……) サリュートアと、アストリアーデは、何か、特徴的なことを言っていなかっただろうか。 しかし、果たして、そんなに分かりやすい形で示すだろうか。 『約束……だよ、ずっと……ずっと……一緒に……お……』 『ぼ……僕は、このために、生きて……生かされてきたんだ……もう、今さら後には戻れない……ねぇ、一緒に……新しい世界を創ろうよ……僕たちの……世界……を、お……ぐふっ……』 「もしかして……?」 セイノールの二人は、最期の瞬間に、同じ言葉を口にした。 《フォース・セクション起動まで、あと10ターンです》 (やってみるしかねぇ) ヴィンスターレルは、自分の勘に賭けてみることにした。その言葉を、はっきりと口にする。 「お願い」 《パスワード受理。ユーザーエントリー完了です》 『テラ・パトリシュア』の声を聞き、安堵とともに、胸が痛む。 『お願い』―― それはきっと、今までずっと、誰にも言えなかった言葉。 言ったとしても、誰にも聞いてもらえなかった言葉。 二人は、このスクリーンに映る、無機質な女神に、母の姿を重ねたのだろうか。 そのようなことを思いながら、ヴィンスターレルは、データチップを、ベース・セクションの元へ入れていった。 《メモリーコード受理。ミレニアム・プロジェクトは、これよりコントロールモードに入ります》 「『ミレニアム・プロジェクト』強制終了。スリープモードに入れ」 《了解しました。スリープモードに入ると、ミレニアム・プロジェクトは今後一切起動しません。また、メインプログラムもスリープモードに入りますが、宜しいですか?》 「ああ。実行しろ」 《了解しました。フォース・セクション終了……サード・セクション終了……セカンド・セクション終了……ファースト・セクション終了……ベース・セクション終了》 ここで、テラ・パトリシュアのホログラムが消え、台座が床へと戻っていく。 《ミレニアム・プロジェクト強制終了。スリープモードに移行しました。メインプログラム終了まで、あと90ターンです》 「ふぅ……」 ヴィンスターレルは、深い溜め息をつく。 が、しかし―― 「――しまった! ミスト!」 『テラ・パトリシュア』の方にばかり気を取られていて、ミストのことをすっかり忘れていた。慌てて駆け寄るが、彼女はまだ目覚めていない。こんなことなら、『テラ・パトリシュア』をスリープモードに入らせる前に、対処しておけば良かったと思うが、後悔してももう遅い。一度実行したプログラムは、キャンセルがきかない。指定されたターン以内にここを脱出しなければ、このままここで永眠することになる。 「ミスト! 起きてくれ! 頼む!」 頬を叩いてみるが、彼女は一向に起きる気配を見せない。顔には、相変わらず笑みを浮かべている。 「おかしい……術者が死んだのに、何故だ……?」 『それは、彼女が、自ら術の中に居続けることを望んでいるからだ』 「何だと……?」 『ル・パ』にそう言われ、ヴィンスターレルは戸惑う。そんなことがあるのだろうか――いや、このミストの表情を見たら、それもあり得る気がした。 幸せそうな、微笑み。 「こうなったら、ミストと『シンクロ』する」 『やめろ、成功する可能性は低い。それに危険だ』 『幻影』は『ル・パ』が創り出す。『幻影』は術を掛けられたものにしか見えないが、『ル・パ』は、見ることが出来る。そのため、同じ『幻影』を創り出すことも可能だ。ただ、最初から複数に有効な『幻影』を創り出すならともかく、通常は対象に適切な術を掛けるため、対象と同じ『幻影』を個別に創り出したところで、他の者には効果がないことが多い。しかし、同じ『幻影』を複数の者に見せられた場合、その内容は繋がり合い、絶大な効力を発揮することがある。けれども、ヴィンスターレルは、それを自分に掛けようとしているのである。この場合、解除できる術者が不在になるため、共倒れになる危険性があった。 「可能性が低くても、危険でも、やるしかねぇ!」 『それに、ミストはそれを本当に望んでいるのか? 彼女は術の中にいる方が幸せだから、抜け出せないのだぞ』 「それは……」 確かに、そうかもしれない。 自分のやろうとしていることは、ただの自己満足なのかもしれない。 でも。 「――構わねぇ! もし、そうだったら、帰ってきてからメチャクチャ謝る!」 『……了解した。そこまで言うなら手伝おう』 我ながら無茶苦茶な台詞だとは思ったが、『ル・パ』はとりあえず納得してくれたようだ。 そして、ヴィンスターレルは、幻の中へと入る。 (ここは……?) そこは一面、花畑だった。 周囲には青々とした山々が、抜けるような青空を背景に、聳え立っている。 見たことのない場所だ。 (もしかして、失敗したか……?) ヴィンスターレルの胸に、一抹の不安がよぎる。 だが、不安がってばかりいても仕方がない。とりあえず、花畑を進んでいく。 すると。 「ミスト!?」 ヴィンスターレルは、思わず声を上げる。しかし―― (いや、違う……) 目の前にいたのは、ミストにしか見えない女性。しかし、その金髪は、肩まで届かないくらいしかない。 (もしかして、ここは……) 「あら。お見かけしたことがない方ですね。ミストのお知り合いですか?」 その女性は、穏やかに微笑む。声音まで、ミストに似ている。 「はい。えっと……もしかしてここは、ベゼルという場所で、あなたは、レスミル・フローティアさんですか?」 「ええ、そうですが……どこかでお会いしたでしょうか?」 「いえ……レスミルさんは、有名ですから」 「そうでしょうか」 ヴィンスターレルがそう言うと、レスミルはくすくすと笑う。こんなに丁寧な言葉で話したのは久しぶりだったから、ちょっとぎこちなかったかもしれない。 「それで……ミストに何か御用でも?」 「はい。大事な話があるんです」 ヴィンスターレルのあまりに真剣な表情を見て、レスミルは少し戸惑ったような顔をしたが、すぐにまた微笑みを浮かべ、こう言った。 「もう、こちらに来ると思いますよ」 「お母さ〜ん!」 「ほら、来ました」 声のした方を見ると、こちらに手を振りながら元気いっぱいに走ってくる少女の姿。 ジェイムの部屋にあったのと同じ、太陽を思わせるように朗らかな、満面の笑みを浮かべている。 「はぁ……はぁ……花輪できた?」 肩を上下させ、問うミストに、レスミルは相変わらずの穏やかな笑顔で、頷く。 「ほら。出来ていますよ」 「わぁ! カワイイ!」 ヴィンスターレルは、その光景を見て、少なからず衝撃を受けていた。 こんなに幸せそうに笑うミストは、今まで見たことがない。 やはり、『ル・パ』の言うことの方が正しかったのだろうか。 「ところで、この人だれ?」 「これ、人を指差してはいけませんよ……この方はね、ミストに大切な御用事があるんですって」 「ふーん……で、お兄さん、何?」 ミストは、輝くような碧い瞳で、こちらをじっと見つめている。 「俺は、ヴィンスターレル……ヴィンだ」 「ヴィンさん? よろしくね」 ヴィンスターレルの言葉に、ミストは小さな手を差し出してくる。だが、その手を握る気にはなれなかった。名を名乗っても、何の反応もない。それが、何だか哀しかった。ミストは、不思議そうな顔をして、手を引っ込める。 (――くそっ!) ヴィンスターレルは、ミストの目の高さに合わせるように屈みこむと、彼女の肩を掴み、必死で訴える。 「ミスト、お前はサリュートアの術に嵌って、抜け出せなくなってるんだ! 頼む、正気に戻ってくれ! このままじゃ、『テラ・パトリシュア』の――」 「お母さん……この人、こわい……」 ミストが怯えた表情で、レスミルに助けを求めている。 ヴィンスターレルは、身体から力が抜けていくのを感じていた。 どうやって、連れ戻せというのか。 話を聞いてもらうどころか、怖がらせてしまった。 「ミスト」 しかし、意外なところから、助け舟が出た。 「この方のお話を、きちんと聞きなさい。でないと……多分、貴女はきっと後悔する」 レスミルに真剣な表情で言われ、ミストは、渋々ながらも頷く。 しかし、ヴィンスターレルには、どうやってミストを正気に戻せば良いのか、分からなかった。 すると、レスミルが再び口を開いた。 「ヴィンスターレルさん。迷うことなどないのです。貴方の正直な気持ちを、素直にお話しして下さい――ミストに、届くように祈りを込めながら」 その言葉を聞き、ヴィンスターレルの迷いが吹っ切れた。 ミストの小さな身体を抱きしめ、心の奥底から溢れてきた言葉を、そのまま伝える。 「ミスト……お前がここにいた方が幸せなのは分かってる。ここにいたいのも分かってる。後でどれだけ怒ってもいい、詰られてもいい……だけど、頼む、戻ってきてくれ……俺にはお前が必要なんだ」 その瞬間。 「……ヴィン」 世界が、崩れた。 (――!?) 《メインプログラム終了まで、あと20ターンです》 「……ヴィン? ここは……『テラ・パトリシュア』……?」 「ミスト……良かった! 説明は後だ。時間がない! 脱出するぞ!」 「は……はい」 ヴィンスターレルは、ミストの手を引きながら大きく声を上げる。 「『テラ・パトリシュア』! 脱出用カーゴの扉を開け!」 《了解しました》 『ゲイシュ』は、科学者たちの手によってつくられた人間型の兵器だ。 そのサンプルのため、多くの人々の命が犠牲になった。 『ゲイシュ』の特徴は、まず、人間と同じ外見を持ち、そして、人間とほぼ変わらない生体構造を持ち、予知能力、高い技術、ずば抜けた戦闘能力を持つこと、それに加え、相手に『幻影』を見せる力、生殖能力、そして、次の世代に記憶を受け継ぐことが出来る、ということだった。 『ゲイシュ』開発チームは、完成を喜んだが、ひとつ、懸念があった。これだけ高い能力を持たせれば、反乱を起こすのではないか、ということだ。 しかし、その対策として考えられたのが、『命令に背いたら即死亡する』というプログラム。 けれども、『ゲイシュ』の方が上手だった。 予知能力で、先を見越し、戦闘能力で科学者たちを皆殺しにし、自らの技術力で、プログラムを解除し、延命を続けた。 そして、その間に、子孫をつくることになる。 ただ、何の因果か、生まれた三つ子に、三つの能力が、それぞれ振り分けられてしまった。 それが、フローティア、セイノール、リメイニの一族。 また、『ゲイシュ』製作と同時期に、もうひとつの兵器である、『テラ・パトリシュア』も完成していた。 『ゲイシュ』の二体は、人間を憎むあまり、『テラ・パトリシュア』を起動させ、リドス大陸全土を焼き尽くした。人口は、半分以下に減ったという。 しかし、『ゲイシュ』たちは、死の間際、奇妙な行動を取った。 千年後に、再び『テラ・パトリシュア』が暴走するプログラム。 ただ、それは三つに分かれた血族の子孫が集まれば、回避される。 あまりにも不確定な要素が多すぎる、杜撰な計画。 彼らは、もしかしたら、人間を信じたかったのかもしれない。 だが、その行動の真意は、『メモリーコード』からも消去されているため、謎のままである。 『中空の平原』の中央から、天空に向かって、一筋の光が放たれた。 それは、夜が明けていないのにも拘らず、辺りを真昼のように照らす。 「綺麗ですね……」 「ああ……」 ヴィンスターレルとミストの二人は、平原の端、メイドス寄りの場所に立って、それを見ていた。 脱出用カーゴの入り口は閉じ、もう、開くことはない。 この光が何を意味するのか、誰にも分からなかった。 『ミレニアム・プロジェクト』を阻止できたことへの祝福なのだろうか。 それとも、大地の女神が眠りにつく前の、欠伸のようなものなのか。 「でも、これで全て終わったんですね……」 「ああ……うっ……」 「ヴィン!? どうしたんですか!?」 「いや……大丈夫だ……」 気が抜けた途端、ヴィンスターレルは、またあの感覚に襲われ始めたのだ。息苦しさ、動悸、眩暈、頭痛、吐き気。そして、記憶の洪水。思わず蹲り、苦しみに耐える。 生まれてすぐに『封印』された力を、短期間で一気に吐き出したのだから、心身に負担が来るのも致し方なかった。すると、焦点の定まらない目の先に、細い手が差し出された。 思わず、上を見上げると、ミストの碧い瞳に捉えられる。 「わたくしにも、貴方が必要です……ヴィン」 ヴィンスターレルは、無理矢理笑みを形作ると、その手を、そっと握った。 人々は知らない。 千年祭の裏で何が起きていたのかも、テラ・パトリシュアの正体も、戦争の真実も。 そして、一般に開放されるようになった、『中空の平原』の片隅に、何故小さな石碑が建てられ、花が供えられているのかも。
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